スイスにて
フランスの田舎街から、スイスのローザンヌに向かった。ローザンヌから車で1時間ほどのサクソンという街で精神科医としてはたらいているファビアンヌさんの好意でセミナーを開くことになっていたからだ。
それにしてもスイスを取り囲むアルプスの景色は圧巻だった。
サクソンに向かう車の窓からずっと眺めていたが飽きることはなかった。
翌日には、僕にとって初めての母国語以外の言葉を使ってのセミナー形式の指導が待っている。僕は期待と不安で一杯。だけどそれすらを忘れさせてくれる圧巻の眺めとスイスの空気。
サクソンに到着して、自分の部屋に戻って翌日の講習の準備を始めた途端、一気に焦りとか、不安とか、いろいろな感情がこみあげてきて眠れる状態ではなくなった。結局、早朝に目が覚めてしまい、そういった焦りや、不安をかき消すべくセミナーで話すことを丁寧に英文作成したりした。
実は前々からファビアンヌさんから、講習の最初の1時間30分くらい「指圧とはどのようなものか?」というデモンストレーション的な講義を行ってほしいという要望があった。
この要望が頭を悩ませ続けていたのである。このデモンストレーションだけ参加する人もいるという話だった。つまり、この1時間半で「指圧」の概要をコンパクトにまとめて説明しなければならないのだ。
前日、ベッドで焦りと不安に押しつぶされそうになった時にとっさに思いついたアイデアが、ファビアンヌさんの友達のカリーナさんを高野山で治療したときの一部始終を再現することだった。
僕がそのとき何を考えて、何を行ったか、を話しながら実演する。そこに「指圧」に関する説明も盛り込む。
増永静人先生は亡くなる直前に『治療百話』というエッセイ的な本を書いていた。
結局100話まで至らず未完で終わってしまったのだが、内容は『指圧』『経絡と指圧』に比べて読みやすく、先生が治療を行う際にどんなことを考えていたかが垣間見れる良書である。
僕はこの『治療百話』のようなスタイルでデモンストレーション行おうと思ったのだ。
ファビアンヌとカリーヌは普通の旅行者以上にスローペースで日本観光を楽しんでいた。高野山にも数日間滞在した。その間、治療を毎日してほしいということで僕は3日連続で彼女たちを治療したのだ。
カリーナは高野山に来た時に腰痛を患っていた。膀胱系が虚で、股関節周辺も柔軟性を失っていた。痛いのを我慢して観光で歩きつづけたため臀部の筋肉に硬結もみられた。
カリーヌの患部は2回目の治療の時には大分良くなっていた。3回で
「ああ、これで大丈夫だ!」
と僕も納得できた。
幸運にも、この出来事は僕にとってとても良い思い出、経験であった。
そのため治療の一部始終をはっきり覚えていた。
結局、お互いにとってとても良い思い出になったのであろう。だからこうして、その後、スイスで再会してセミナーをさせてもらう機会すらもらえたのだ。
緊張性頭痛が発生するくらいナーバスになったセミナー当日だが、なんとか良い雰囲気でイントロのデモンストレーションを終えることができた。