全国の盲学校にメールで求人の案内、問い合わせをしてみた。

東京から高野山に引っ越して8年、光陰矢の如し。

数年前から視覚障がい者を雇用することは常々考えていた。

昨年から和歌山の盲学校に実際に足を運んだり、県内の鍼灸の協会のイベントを手伝ったりもした。

盲学校の先生や関係者に求人の件を話すと、ほとんどの人が「高野山で働く」ことに難色を示す。

 

「場所がねぇ…」「近くに病院とかないと…」と決まって言う。

 

→ (電車通っているよ!、病院あるよ!)

 

まぁ、高野山に来たことがない人にとっては、高野山で生活するイメージなんか沸かないし、「山の上の宗教都市」だし、躊躇するのは解る。

 

だけど僕は、思い切って引っ越してみて良かったと思っている。これからの可能性も滅茶苦茶感じている。

視覚障がい者を雇用する件だって、勝算があっての行動。

僕は高野山で、視覚障がい者が「目が見えない」をアドバンテージにして働ける環境を作ることができると思っている。

 

先月(3月初旬)、おもいきって全国の盲学校に、求人の問い合わせのメールを送った。

メールの内容は、高野山での生活に関する一般的な疑問を払拭できるような説明、僕の事業の説明など。

実際の生徒さんにも生の声を聞いてもらえるよう動画をネットにアップし、そのリンクも載せた。

 

見事に無視された 笑

リンクの動画もまったく再生されていない。

つながりのある和歌山県盲学校から返事があったのみ。

「なんだこいつ?」って思われたか、メールすら開かれていないのだろう。

最近は、次なる一手を考えていたところだ。

そしたら今日、一通の封書が届いていた。

茨木県立盲学校さんからだった。

内容は「場所的な問題もあり紹介できるような生徒はいませんでした」っていう残念なものだが、僕はすごく嬉しかった。

 

わざわざ返事の手紙をよこしてくれたのだ。

「次年度以降もよろしくおねがいします。」

と書いてある。社交辞令だとしても、一応取り合ってくれたわけだ。

今回の経験から、僕自身の社会的な信用の低さを痛感した。

だからブログやSNSで僕の具体的な高野山での仕事ぶりや、

活動を発信しないとダメだなと思った。

これからも、必死に頑張ろうと思った次第である。

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